2017年12月3日日曜日

Like a family

この3人、なんとなく家族のようにも見えませんか?
むすめ おかあさん おとうさん

……娘の耳は成長とともに大きくなっていった。
そう、妻が私を裏切っていたのだ。
どこの馬の骨とも知れぬエルフ男の子どもを托卵された私。
いいや、あの幅広い形状の耳はシャイ族特有のものか。
どっちでもいい、妻が浮気していたことには変わりないのだから。
認めたくなかった。
夫としての自尊心が、一家の大黒柱としての立場が、地域の神主としての世間体が、私の感情を何年も抑えつけ続けてきた。
だが娘の次第に大きくなりゆく耳は、ついに人族のものとは認めらないサイズへと到達してしまった。
頭の中で何かを手放したその日からやや経った。
今日、私は……酒場のシェリーを抱いた。
妻への復讐のためだ。
「お客様、カウンターの中へまで入ってきたら駄目です」
そう怒る彼女を無視して、私はカウンターの中へ入った。
そしてその時から、彼女にとって私はお客様ではなくなった。
思わぬことにシェリーは拒まなかった。
それが私を動揺させたが、更に心を揺るがす様なことも聞かされた。
「あんたの奥様は浮気なんてしてないわよ」
行為のあと、もうすっかりタメ口でシェリーはそう言った。
「……そんなはずはないっ」
私は賢者タイムも忘れ興奮しながら反駁した。
「娘の耳を君も知っているだろう。教会の正面で毎日ネコに喚いている私の娘」
私の娘? ふっふふ、私の娘ではない。
「酒場のみんなどころかもう村のやつら全員が気づいてるはずだ、マリアーノは私の子どもではないことに。そして……」
寝取られ男の私を笑っているはずだ。
「違うのよ。あたしが言ってるのはもっと精神的な話なの。彼女はちゃんとあんたを愛してるって」
下着を身に着けながらシェリーは飽きれ顔でその言葉を言い捨てた。
私はエプロンを渡してやりながら聞いた。
「精神的な話? 精神的には浮気してないっていう意味か? そ、それなら……肉体的には」
「そうよ。彼女はカラダだけなら確かに浮気してるわね」
「……だろう? 娘の耳がああなんだ。そんなわけないわけない、な、ないだろう」
「落ち着いてよ。別にいいじゃない。こうしてあんたも晴れて浮気者の仲間入りよ。フフフフッ。もう誰も責められないわね。かん・ぬし・さん」
楽し気にそう言う彼女の台詞の後半は、もう私の耳には入ってこなかった。
なんてことだ。や、やっぱり妻は……。
待て。ショックを受ける必要があるだろうか。私はとうに気づいていたはずだ。
それが正解だと知らされただけ。
またたった今、その不貞をなじる資格も失ったところなのだ。
「凄いわよ彼女。人族でも鹿人族でもシャイ族でもおかまいなしなの。子育てがねぇ、本当にストレスだって言ってたわ。たまに、いや結構居るわよね、自分の子どもを愛せない母親ってさ」
「お、おい。どうして君はそんなに詳しく私の妻の秘密を知ってるんだ?」
ペラペラと喋舌り続けながらすっかりいつもの制服姿になった酒場の看板娘に、私はそう慌てて問うた。
「秘密なんて、フフフフッ。お酒出す所では秘密にしてることこそ発散されちゃうものでしょ」
なるほど。全くそのとおりだ。

窓の下でけたたましく四頭引き馬車が駆け抜けていった。冒険者という奴らは時間帯の概念が無いのだろう。こんな早朝でもおかまいなしに騒音を醸しおる。
……そうか。私は仕事にかまけて妻を、育児を、家庭の何もかもを放置し過ぎてしまった様だ。
きっと妻も、昨日までの私と同じか、もっとそれ以上のストレスを抑えきれなかったのだろう。
だから肉体の浮気を。
「いいや、シェリー待ってくれ? 話がおかしいぞ。育児に疲れての浮気なのに、浮気しなければ生まれないはずの子どもが居るんだが、これ順番が……」
ドアを半分開けて帰ろうとしていた彼女を引き止め問いただす。
「あら、気づいちゃった。やれやれ本当に本当のことを知りたいの?」
「し、知りたい」
今の私はきっと物欲しげな情けない顔をしてるに違いない。
「あたし、さっき鹿人族とも奥さんやったわよって言ったでしょ」
「あ、ああ。え、誰なんだそれ」
「村倉庫の番人さんよ」
「なんだって。エルニールか?」
「そ。あの角がとってもいい~んだって。どうやって使うのかは知りたくもないけどね」
ああ、もう駄目だ。あの勘違い野郎のエルニールとまで妻が。
角を使って……。
「妻は、精神的にはまだ私を愛しているのだと言ったよな?」
「そね。言ってたわね」
「とても信じられないよ」
「でしょうね。でも、気持ちと体は別物って考える人も居るの。清廉潔白な神主さんには分からないでしょうけどねぇ」
今度こそドアの外に出たシェリーは、くるりと反転して私の顔を覗き込んだ。
「あ、言い方を間違っちゃったかしら。正確には清廉潔白“だった”、神主さん、よね。フフフフッ。ま・た・ね、あたしの神主さんっ」
ごちりと不快な音をたててドアが自重で閉まった。
……エルニールか。
んぅ? 本当に本当の話を聞きたいの? でどうして鹿人族のエルニールの話になるんだ。妻はシャイ族の男に仕込まれてマリアーノを孕んだはずなんだが。
どうやらシェリーにうまくはぐらかされた様だ。
ああ、シャイ族の男のほうは誰なんだ? いいや、もう誰とかいう次元の話ではないのだろうな。シェリーの言い方からすれば、妻はもう手当たり次第といった印象だった。
私は今日からどう生きていこう。
離婚か?
それは出来ないな。村長のイゴールさんは古風な考えの持ち主だ。妻と別れる男など認めないだろう。私は村の神主としての資格を剥奪されるわけにはいかない。
この格好が大好きなんだ。この格好以外はしたくない。
ましてや、離婚どころか妻を問い詰める勇気が、私にあるんだろうか。
そして、今あったことを問い詰められる覚悟が、私にあるんだろうか。
……無いな。
今日からも、昨日までと同じ生活を送っていくだけだ。
秘密は隠しながら、夫婦みたいに演じていけばいい。
家族みたいに振る舞っていけばいいだけなのだ。
なんと楽なことか。
ああ、そうか。若い頃まだ金が無かった私たちは、新婚旅行でフローリン村までしか行けなかった。
その時だなきっとシャイ族の男とは。
あの静かだが賑やかな場所で、ひと夏過ごしたんだったよな。
ふたりで毎日毎日村長の豚と一緒に雑草取りをするアルバイトをしながら。
はは、あれじゃあ休暇じゃなくて出稼ぎだ。
もしかして、あの付け髭の村長がマリアーノの実父か?
いや、もっと居るんだろう。
火炎草が口癖の奴とも妻は仲良さげだった。
……いいんだ。もういいんだ。
私もこれからは、自由な心で生きていこう。
妻への態度がぞんざいにならない様に気をつけながら、娘ではない娘をちゃんと愛しんでいる素振りをしながら、私はこれからもこのベリア村で過ごしていくのだ。
今の私には財力がある。
そしてこの教会もある。
以前のここの主、オタビオ・フィレ司祭の在りもしない不正をでっち上げ、私が奪い獲った私の城だ。
若い時分にした苦労は、私に人を蹴落とす才能を獲得させたのだ。
もちろんエリアン教とバレノス自治領に所有権がある建物だが、信者どもが来ない夜間は、私が私物の様に扱っている。
東方からこの地方へやってきたのは、私がまだ少年の頃だった。
だが、未だにこの辺りで栄えるエリアン教の……というか宗教ごとに意味を見いだせない私が、今は何故か神主をしている。おかしなものだ。
まったく興味が湧かない説法を自らで唱えながら、間の抜けた顔の信者たちの相手を毎日笑顔でこなしている。
顔がとても怖いと言われているから、私はビジネススマイルの練習も頑張っている。
私は頑張っている。
頑張っているのだ。
疲れ果てて、怪しい妻とどうしても顔を合わせたくない時に、こうして教会の尖塔の上にあるこの秘密の部屋で夜をやり過ごしている。ぶち切れてしまわない様に自分のメンタルを慰めているのだ。息抜き管理を怠らないだけだ。それだけだ。
そんな殊勝な私を……誰が責められるだろう。
「シェ、シェリー!」
驚いた。今の大声はダビドのものだ。バレノスで出来た初めての友人。私の幼馴染みであり、そして私とさっきまでこの部屋に居たシェリーの雇用主でもある。
一体全体こんな朝っぱらから何を叫んでいるんだダビド。
私は教会の秘密の部屋から、ダビドの酒場を見下ろした。
酒場の入口で、血塗れのシェリーが横たわっていた。

つづく






なにゆえ急に小説を始めてしまったのだろう。

書いてる途中でオチが思いつくと思った。
駄目だったけど。



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